特集

ライフワークを通して自然や植物、地球環境とか、人と人とのつながり、ものづくりや手づくりの心について思うことなど様々な分野で活躍する人たちからのメッセージをお届けします。

vol.12 今と昔・日本人と自然との関わり方

最近、エコロジーという言葉をよく耳にしますが、エコロジーって、何でしょうか?
日本語で「生態学」と翻訳されるエコロジーは、いうなれば生物とそれを取り巻く環境とを研究する生物学の一分野。最初に提唱したのは1866年、ドイツの動物学者E・ヘッケルからだと言われています。その後、1961年アメリカの科学者であるレイチェル・カーソンが「沈黙の春」を著し、DDT(かつて使われていた有機塩素系の殺虫剤や農薬)など農薬の危険性を訴えてから、世の中の意識は大きく変化しました。ですからエコロジーについて真剣に考え出したのは、ごくごく最近の事だということがわかります。

写真左から:カタクリの花。良質のデンプンが蓄えられ縄文人も食べていた 縄文時代の水辺の森の遺跡があった東京東村山市の下宅部遺跡 天武天皇遙拝所の碑。古くは交通の要衝でした

では、それ以前の人々にとって自然環境とはどういうものだったのでしょうか?
まずは日本列島における縄文文化について考えていきたいと思います。縄文文化は今から2000年前から12000年前ごろまで続いたとされ、主に人々は採集・狩猟をして生活していました。私は、「きっと自然にある物を好きな時に採って、食べて、いつものんびりしていたんだろうなぁ」と思っていたのですが、実はそうでも無かったようです。
今も縄文時代も、一年を通しての気候は一定でありません。ですから年間、同じ食料を採取して生活することは難しいでしょう。また植物は季節によって採集する量が違います。魚も産卵期によっては生息場所が異なります。だから生活には工夫と知恵がなければ暮らしていけなかったのです。

その工夫や知恵はどのようなものだったのでしょう。縄文時代の遺跡から採取した植物の種子等を分析し、種類を特定した結果から縄文人の年間行動スケジュールが推定されています。たとえば食物採集の場合、地下茎の植物は少ないながらも年間を通して平均した利用が見られ、果実は10月をピークに集中、葉茎は4~6月にピークが見られます。
また、魚は産卵期になると深みから沿岸によってくるため、その時期に採っていたらしいのです。イノシシの牙もその成長線から死亡した季節も特定されて、冬に捕獲されたことがわかっています。さらに、これらのものをたくさん採れる時期に貯蔵することも覚え、季節によって、計画性のある採集生活を送っていたことがわかっています。

でも、文字のない時代にどうやってその知恵を継続することができたのでしょう?
それは「食べる」こと。その時期、その季節の自然の恵みを何百種類も必死で食べて「食べる、食べさせる」ことで、経験させて次世代に伝えていたようです。この自然の恵みをただただ待つのではなく、積極的に自然を知り、計画的に採って人々は生活を成り立たせていたのです。この1万年もの長い間続いた時代。おじいさんの、そのまたおじいさんの・・・今の人間の寿命を30年で考えたとしても、300世代以上、20年だったとしたら500世代、何代にも渡って「食べられる物を食べて」伝え続ける。うーん、考えただけで気が遠くなりそう。そのくらい自然を知ることは、「生死」に関わる重要なことだったのです。

また、縄文人は自然には神が宿り、そこは人間の力を超えた畏敬の場所であると信じ、自然の恵みを食べ尽くさないことも伝えていました。
縄文時代の後も自然は開発され続けてきましたが、つい最近まで八百万の神は自然の至るところに存在すると信じられていました。山の神さま、水の神さま、たくさんの神さま、仏さま、「大事にしなくっちゃ!」と思います。昔の人は大木を切り捨てると祟りがありそうとか、井戸の水は汚してはならないとか、自然に対して畏敬の念をもっていたのですから、自然を開発してもその境界には、必ず神仏に関わる建造物や碑などを建てていきました。神仏に関わる所は、その周辺も神聖な場所として意識され、人の立ち入りは制限されていています。

写真:旧東海道箱根の石畳

神のものは誰のものでも無い。今でも神社仏閣には、たくさんの自然が残っていますよね。古くからある街道を通った時、よーく、まわりを見てみてください。「なんでこんな所に、神さまが?仏さまが?」って、今でもあちこちに残っています。自然を守るという日本人の知恵が、自然な形で進む開発に歯止めをかけていたのですね。

写真左から:縄文時代竪穴住居跡1 縄文時代竪穴住居跡2

自然環境と人間との関わりは、今始まったことではありません。人口増加、食糧生産、資源の利用、技術の進歩等、進化する時代の中で、1万年かけて採集・狩猟の知恵を蓄積していった時代や、あたりまえのように自然が神聖視されていた時代を忘れてはならないのです。


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【プロフィール】

坂東祥子 歴史学修士 日本考古学協会員
歴史小話ブログ http://manah.blog90.fc2.com/
子供の頃から歴史が大好きで、大学でも日本史学を専攻。 卒業後、埋蔵文化財関係の仕事に携わる。 そこで、たくさんの生きた歴史資料に出会い、多くの感動を得る。 その後、それまでの勉強も知識も足りないと感じ、一念発起で大学院に入学。再び歴史を学び直す。
現在、研究活動を行いながら、歴史ファンを増やそうと四苦八苦中。
ひとりでも多くの人に、歴史に興味を持ってもらい、今の世の中の出来事を少しだけ歴史を通してみてもらえたらよいなと思っています。