特集

ライフワークを通して自然や植物、地球環境とか、人と人とのつながり、ものづくりや手づくりの心について思うことなど様々な分野で活躍する人たちからのメッセージをお届けします。

vol.15 せっけんで街づくり

私がこの「NPO(特定非営利法人)せっけんの街」の活動を知ったのは、今から15年前に生活クラブ生協のせっけん委員になったことがきっかけです。
1980年に千葉県で「合成洗剤追放の直接請求運動」が起こりました。その中で自分たちが河川を汚している加害者だということに気づき、汚れの原因のひとつになる使い終わった食用油(廃食油)を自分たちで回収して、せっけんをつくり、使う運動へと繋がっていきました。
さらに、その思いはせっけん工場建設へと拡がっていきます。そして、1984年に、約1万人の市民出資と生活クラブ生協・手賀沼の漁協・作業所などが協同し、せっけん工場が柏市に建設されました。その運動の中心となって活動したのが、生活クラブ生協だったのです。
当時はNPO法人という組織形態がなかったため、リサイクルせっけんの製造は㈱手賀沼せっけん。また廃食油回収やせっけんの啓蒙活動などは、「せっけんの街共有者の会」(NPOせっけんの街の前身)が担っていました。
1999年にNPO法人の認証を受けたのをきっかけに、2002年に組織統合をしました。
自分たちで原料の廃食油を回収し、せっけんを製造し、そして販売をしている珍しい形のNPOです。工場では粉せっけん「せっけんの街」「萠」「あんしん」、固形せっけん「うてなちゃん」を販売しています。わたし達はせっけんを通して街づくりをする運動であり、現在も資源循環型社会を目指し、せっけんを通して語り続けています。

写真左から:せっけんの街の商品 インターンシップで廃油回収

1年間せっけん委員という大役を担う中で、いろいろなことを学びました。車に乗って各地へ廃食油回収を一つひとつ行う体験もしました。
それまでの私は合成洗剤の危険なことも知らないで、手あれに悩んでいる一人だったのです。リサイクルせっけんを使うことで、その手あれもウソのように治りました。
この委員活動は私にとっては、自分を変える第1歩だったと思います。その後、「せっけんの街共有者の会」の船橋地区の運営委員として、廃食油回収や地域で実施される環境に関するイベントなどに参加し、小中学生などにリサイクルせっけんの作り方、使い方などを伝え、身体にも環境にも優しいことを伝えてきました。
私がこのせっけん運動を始めた頃の日本の社会は、まさに大量消費・大量廃棄の時代でした。しかしそのことが今この日本をはじめ、世界中の温暖化の問題を引き起こしています。環境問題は一人では絶対に解決することはできません。資源循環型社会を目指し、誰もが暮らしやすい社会を“せっけん”を通して語り続けて行きたいと思います。人から人へ“せっけんで街づくり”です。

写真左から:イベントで石けんを紹介 おなべでせっけん作り


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【プロフィール】

比戸 寿代
http://www.sekkennomachi.org/
特定非営利法人せっけんの街 理事
1992年生活クラブ生協千葉のせっけん委員をしているときに、特定非営利法人せっけんの街の活動を知り活動に参加。1999年生活クラブ生協の理事の時に担当理事として理事会に参加しNPO法人認証に関わる。2001年特定非営利法人せっけんの街の理事長となる。大阪府出身。船橋市在